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<後編>ナレッジキャピタルで交差した、大阪の未来を導くふたりの起業家。

野村卓也、森武司

<後編>ナレッジキャピタルで交差した、大阪の未来を導くふたりの起業家。

南館、北館、オーナーズタワーの3エリアからなる複合施設であるグランフロント大阪。北館に位置するナレッジキャピタルは、交流を目的とした会員制ナレッジサロン、コラボレーション成果やプロジェクトの活動を見せる場であるThe Lab. ―みんなで世界一研究所―、実践的な学びとスタートアップ支援を目的としたSpringXのほか、ショールーム群、大小のオフィス、貸会議室、多目的シアターなど多彩なスペースを擁する。
総合プロデューサーを務める野村卓也さんの仕事は、ナレッジキャピタルに参画するすべての組織・ヒトの交流を促すアクティビティ全体の企画運営。一般生活者を巻き込む各種イベント・プログラムやアワード事業の企画をはじめ、基本協定(MOU:Memorandum of Understanding)を締結している16箇所の海外機関・施設と相互のイベントに出展し、講演を行ったり、海外機関の開催するアワードの審査員を務めるなど多岐にわたる。

「ナレッジキャピタルには、イノベーションを起こすための場と機能が備わっています。イノベーションというとテクノロジーなどの技術革新のイメージが強いが、そうではなく多様な人々の知恵やアイデアが集まり社会を変えていくようなナレッジイノベーションが生まれる場をつくっていきたい」と野村さん。「ナレッジイノベーションといってもなかなか理解できないかもしれませんが、私たちはコアバリューとして“OMOSIROI”を掲げています。“面白い”が現代のような意味を持ったのは比較的に最近で、そもそもの語源は『目の前のことがパっと明るくなる』そんな面白いことをするためにどんな活動ができるか、どんなサービスがいいか、日々考えています」

左:森武司さん/Suprieve Holdings株式会社代表取締役CEO。右:野村卓也さん/一般社団法人ナレッジキャピタル総合プロデューサー、株式会社スーパーステーション代表取締役社長、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局イノベーション推進担当政策参与

2018年にネクストビジョンとしてニューエデュケーションセンター構想をテーマに掲げ、2020年にSpringXを始動させた。野村さんはSpringXをスタートさせた理由をこう語る。
「時代は大きく変化しています。産業構造も変わっていく。そうした中で何が一番大事かといえばやはり学ぶこと、教育です。スタートアップがいま世界的に注目されていますが、新しいスタートアップを大阪で育てていくために少し時間がかかっても中学生や高校生など若い人たちに向けて、新しい考え方を育てる実践的な学びの場とコミュニティが必要です」

「SpringXの『X』は森さんからのアイデア」と話すナレッジキャピタル総合プロデューサーの野村卓也さん。「X」は未知数の意味でもあり、掛け算の符号でもある。

SpringXには、ふたつのプログラムがある。ひとつは「超学校」。科学、芸術、文化、ビジネスなど、さまざまな分野の第一線で活躍するスペシャリストたちが学びのプログラムを提供している。もうひとつは「対流ポット」だ。スタートアップを志す人たちが集まる場だ。2021年8月にはスタートアップ30社の代表がオンラインで登壇し、3分間の制限時間で自社の魅力を熱くアピールする「スタートアップサマーフェス2021」を開催した。
「スタートアップのコミュニティにムーブメントをもっと起こしていきたい。業界の人だけで閉じるのではなくて、一般の方や子供でも夏の音楽フェスのようにみんなで楽しむイベントを定着させていきたいと思っています。そして若い世代のスタートアップが大阪から生まれることを願ってます」と野村さん。
ただスタートアップにしてもビジネスにもっとも必要なのは“Rからはじまるイノベーション”だと表現する。「ビジネスモデルや資金よりも大切なのは、人間関係(relationship)。関係性さえできていたら、一緒に何かをして仮に失敗しても関係性は壊れない。次は何をやろうということになる。森さんと僕らの関係もそう。仕事上で直接はお金をやりとりしていないけれど、さまざまなプロジェクトに協力してもらっている。そこが東京とは違う大阪らしいビジネス構築の仕方なのかもしれません」

ゾーンによって色分けされた新しい実践的な学びとコミュニティの場SpringX。オンラインプログラムを配信するときはスタジオとして使われている。

ナレッジキャピタルの特徴のひとつに、コミュニケーターという存在がいる。人と人、人とコトを新たにつなぐ役割を持つ。The Lab.で展示されている最先端技術やアイデアを来場者にわかりやすく伝え、また一般の方々の感想を出展者にフィードバックする。ナレッジサロンでは、約2,000人いるさまざまな業種の会員同士をマッチングさせ、ビジネスで新たな化学反応を起こす手伝いをする。

こうした環境を最大限活用して、15事業を展開するコングロマリット型ベンチャー企業として急成長しているのがSuprieve Holdingsだ。代表取締役CEOの森武司さんはこう語る。「ここでは、いろんな人を紹介してくれるんですよ。税理士、建築士、弁護士など、足りない職業がないと思うほど。ベンチャーにとってはこれほどありがたいところはないです。ビジネスに必要なメンバーは揃うし、会議室もあるので即商談に入れるし、雰囲気は良いし、抜群の立地だし。僕が一番元を取った会員だと思います(笑)」 こうした森さんの話を受け「サロン会員としてここで活動して、大きく成長してもらえたのは僕らにとって一番嬉しいことです」と野村さんが微笑む。

現在、15事業を展開しているSuprieve Holdings代表取締役CEOの森武司さん。芸人時代に毎週新ネタをつくっていた経験が、新事業を次々と立ち上げることに活きていると言う。

今年7月にはナレッジキャピタルのフューチャーライフショールーム6階にSuprieve the works(スプリーブ・ザ・ワークス)をオープンした森さん。
「僕らは15事業をしているので、アパレルやコスメなどすべての事業をご覧いただけるようにショールームとして展示しています。僕らの本社でもあり、社員たちの打ち合せ風景や会議室もすべて一般の来場者の方々に自由に見ていただけるようになっています。またほかのスタートアップ企業のプロダクトを紹介することもあります。ここがナレッジサロンのスタートアップ拠点のサテライトでありたいと思っています」

ナレッジキャピタル北館6階に2021年7月オープンしたSuprieve the works。オフィス兼ショールームだが、ベンチャー企業のプロダクトやアートにも触れられる。

森さんはこう続ける。「野村さんと常々話しているのが、ナレッジサロンから上場企業を輩出したいということ。東京にベンチャー企業を持って行かれるのは悔しい。野村さんと僕らは全く同じ思いなのでとても共感しました。年商10億円ぐらいに成長すると皆東京へ行ってしまうんですよ。なんとしても大阪にベンチャー企業が残り続ける拠点をつくって、大阪発の上場企業を出したい。僕らの会社はその1社になれるけれど、僕らだけではインパクトが薄い。だったら拠点として僕らが関西にシリコンバレーをつくろうと一般社団法人関西バレーを立ち上げ、上場を目指すベンチャー企業60社を集めました」

開業8年目となり、改めてナレッジキャピタルの役割を尋ねると野村さんはこう語った。
「8年経つと東京や地方都市にも似たような施設がたくさんできました。オープンイノベーションやスタートアップ支援、コワーキングスペースなど。もともとはナレッジキャピタルが包括的にやってきたことです。海外からの視察もすごく多かった。僕らはフロントランナーとして常に未来を見据え、次に何をするべきか考えています。そのひとつが人材育成。次の時代を担う若い世代の教育が大事です。学校教育ではない実践的な学びの場として、第一線で活躍している人たちから学びのプログラムを用意しています。もうひとつは知的創造・交流の場という原点に立ち返ることです。単なる施設ではなくて機能と運営がセットになっている場です」

「バーチャルに関しても、コロナ禍より前から手掛けていますが、The Lab.では3Dコンテンツで体験できたり、『超学校』もオンラインで学んだりできます。バーチャルユーチューバーやアバターなどバーチャルタレントを養成するプログラムも企画しています。オンラインの良さは、東京都や北海道、沖縄県からも参加でき、時間も自由に選べるのでターゲットも広くなり若い人たちも興味を持ってもらえること」。ただ単にネット上のバーチャルな空間だけで賑わってもあまり意味がない、と野村さんは続ける。「バーチャルという言葉は仮想空間と訳されますが、本来の意味としては、表面上はそうは見えないけれど実質的な、ということです。真の情報源はやはり人同士。ネット上の情報ではなくて、真の情報源になるために、リアルな場に本質的なものをどうやって融合させていくかが課題です」

2024年にまちびらきをするうめきた2期についても大きな期待を寄せるふたり。
「大阪のシンボルといえば、何をイメージしますか?」と森さんは問う。「思い浮かぶのは道頓堀だったり、通天閣だったり、梅田ではないんですよね。大阪・梅田駅は1日約250万人の乗降客数と新宿駅の次に多いターミナル駅なのに、素通りしてしまうのは本当に残念。うめきたに、世界でここしかないオンリーワンの圧倒的な存在感があるシンボルができるといいなと期待しています」
野村さんも続ける。「うめきた2期の最大な特徴は『みどり』です。しかもターミナル駅前にこれだけの空間があるのは、世界的にもはじめてではないかと思う。産業創出やイノベーションなど経済成長も大事だけれど、まずはここが心の拠り所になるような空間になってほしい。また人間のためだけではなく地球全体の全生物のBeyond the SDGsを考え、未来のオルタナティブを体験でき、実験でき、みんなが一歩踏み出せる場になればと願っています」
ナレッジキャピタルが培ってきた知の拠点と、そこから生まれたイノベーションは、うめきた2期のまちづくりにも大きな力になるにちがいない。

野村卓也(のむら・たくや)
大阪府生まれ。大学卒業後に広告代理店を経て、1992年に株式会社スーパーステーション設立。うめきたではグランフロント大阪ナレッジキャピタルの総合プロデューサーを務め、コンペ時のうめきた2期全体コンセプト立案等に従事、現在、中核機能の主要施設の基本計画立案も担う。関西大学・大阪芸術大学客員教授、一般社団法人データビリティコンソーシアム戦略顧問、フランス国際デジタルアートビエンナーレ「バン・ニュメリック」審査員と幅広く活躍。

森武司(もり・たけし)
吉本興業のお笑い芸人を経て、大型家電量販店に勤務。2005年に独立しSuprieve Holdings株式会社を設立。物販、人材、アートなど現在15事業を経営し、年商100億の会社へと成長させる。2018年にはFinancial Timesアジア急成長企業ランキングでアジア103位、日本14 位、西日本1位を獲得。一般社団法人関西バレー代表理事も務める。

写真:内藤貞保 文:脇本暁子

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