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Life with Green

緑を求めるのではなく、これからは“育む”を考えていきたい

野村友里

緑を求めるのではなく、これからは“育む”を考えていきたい

原宿の緑と土が残る路地裏にあるレストラン「eatrip」を主宰し、本の執筆やイベント、映画監督にいたるまで、食にまつわるカルチャーを牽引し続けている料理人の野村友里さん。“人生とは食べる旅”と、ライフスタイルとは切っても切り離せない食文化を、常に新しい視点で再解釈し、発信を続ける。2020年1月には、表参道のケヤキ並木沿いのGYRE.FOOD内に土と緑に囲まれたボタニカルガーデンを持つグローサリーショップ「eatrip soil」を開業し、日本中の生産者と消費者とをつなぐ活動をスタートさせた。

Q. 都心のビルの4階とは思えない素敵な空間ですね。室内なのに自然を感じられるお店が、表参道のど真ん中にあるとは不思議な感覚です。

A. フロア全体に土を塗り込めた、地球エネルギーに満ちた空間ですよね。このフロア全体の空間設計は、「場所の記憶」をテーマに構造物をつくり続ける建築家の田根剛さんが担当しています。彼が言う「場所の記憶」というものに、ものすごく共感しています。表参道という一見ビル群であふれた街だけれど、建物の4階にいると、谷風が吹き抜けていくのがわかるんです。青山はかつて山だったし、原宿は原っぱ、そして渋谷は谷。いくつもの小川が流れた起伏ある自然豊かな地形の跡を、実はいまも感じることができるんですよ。

気鋭の建築家、田根剛による空間設計は「空中の中の地中」がテーマ。エントランスにあるブロックが積み上げられた場所は、訪れた人が自由にくつろぐことができるシンボリックなスペース。イベント開催時にはステージにも客席にもなる。
春夏には背丈より高く、ぐんぐん伸びる植物も。毎日ここに訪れることが癒やしであり、エネルギーをもらう時間だと野村さんは語る。

Q. 「eatrip soil」はどのような目的があってつくられた場所なのですか。

A. レストランではできなかった試みのひとつとして、食を通じて生産者と消費者をつなぐ場所を設けたいと思いました。日本全国で出合った調味料や野菜などの食品類に加えて、食にまつわる書籍や、手づくりの器などを置いています。さらにここでは、定期的に生産者を招いたワークショップも開催していますが、ひとつの野菜、ひとつの調味料には、生産者の情熱と人生の物語が詰まっていて、それに触れることができるんです。モノを物として売るだけでなく、その後ろに見えるものを伝えたかったんです。 もうひとつは、人と社会との接点をつくりたかったから。たとえば、小さな町に一軒のパティスリーができて町の治安が良くなったとか、通学路のトンカツ屋が地域の見守りに役立っているとか、まちづくりと人の生活は、切っても切り離せないものだと常々感じてきました。私自身も、料理人として常に社会との接点を探していて、街の中にある存在意義をずっと考えていましたから。

Q. 都心の真ん中でこうして土に触れられることはとても貴重です。この空中庭園のような畑は誰にでも開かれていて、まさに社会との接点ですね。

A. このお話をいただいたとき、まず最初に「畑をやらせてください」とお願いしました。畑をやりながらすべてが育っていかないといけないし、それがこの場所に対しての礼儀であり、意識だと感じていたんです。グローサリーに並ぶ野菜、調味料、ワイン、器にいたるまで、良質な土づくりなしでは成り立たないものばかりです。どのアイテムをとっても“土”が、キーワードとしてつながっているんですね。だからどうしても店の中に、実際に土に触れられる場所がほしかったんです。ここでは無農薬野菜の生ゴミで堆肥をつくり、その土で育ったハーブや果樹から種を採取し、ひとつの空間の中で自然のサイクルが完結するようにしています。この良質な堆肥をつくるために、スタッフの子どもたちが「生ゴミ隊」を発足してくれたりして、都会だって出来ることはあるね、と小さな縁の輪がいろんなところで生まれてきています。

Q. 都会の中にある自然が人々にもたらすものは何だと思いますか?

A. 人間が人であると思い出させてくれる。無意識に意識を変えさせてくれると思います。私も自然から常にエネルギーと学びをもらっています。とある農家さんが教えてくれたんですが、「土」は「プラス・マイナス」と書いて「土」。つまり「ゼロ」という考え方なんです。ゼロ=フラットになったときに、人はどう生きていくかということを考えさせられる。土で食べ物を育て、火を起こし、水のそばに暮らす。とてもプリミティブでありながら美しいその暮らし方に近づきたいと思っています。

畑にはコンポストが置かれていて、そこでつくられた堆肥も販売されている。小さな小さな畑は、さまざまな場所の未来を育む入り口にもなっている。

Q. 地域の人を巻き込みながら、新しいことに挑戦することは大変な労力ではありますが、やりがいもありますね。これからのまちづくりは、どうあるべきだと思いますか?

A. 個人レベルの小さな願いにも、不動産や地域が協力してくれることで、この場所のような新しい試みが生まれる素晴らしさを実感することができました。日本は、およそ100年単位で街がつくられていると耳にしたことがあります。徐々に世代が変わって、街づくりそのものも、私たちみたいな新しい視点でつくっていくことも可能になってきたんです。ここもその良い例だと思います。昔の人が100年後を想像して街をつくってきたように、いまの私たちも、100年後の未来を想像して新しい場所つくる。それってすごく面白いことじゃないですか! 10年後でも10年前でもできないこと、“いま”だからこそできることが、きっとあると思うんです。

Q. これからのニューノーマルな時代に、緑に求められるものは何だと思いますか?

A. これからは緑を求めるのではなく、緑に恩返しするつもりで、“育む”ことを考えていきたいと思っています。緑を生み出す土や太陽、風、水、つまり環境全体を考え直すことがこれからの未来につながっていくんだと信じています。

畑で育った植物や果物を使って染めたエプロンも絶妙な色合いが美しい。愛でる、食べる、育てる……だけでなく緑のさまざまな活用や可能性について考えさせられる。

写真・松村隆史 文・須賀美季

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