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Life with Green

ランドスケープの重要性を伝え、次代を担う人材育成を。

宮原克昇

ランドスケープの重要性を伝え、次代を担う人材育成を。

兵庫県出身の宮原克昇さんは、京都大学工学部地球工学科を卒業後、留学してペンシルバニア大学大学院デザイン学部ランドスケープアーキテクチャー学科を専攻。その後、いくつかの設計事務所を経て、ランドスケープデザイン事務所のグスタフソン・ガスリー・ニコル(GGN)で働き、海外で数々のプロジェクトに従事した。2010年に帰国後、国内設計事務所を経て現在は近畿大学建築学部で教鞭をとり学生たちにランドスケープを啓発している彼に、海外の事例と日本のランドスケープのこれからを聞いた。

Q. アメリカに留学してランドスケープを学ばれたのは、どういったいきさつがあったのでしょうか?

A. 京都大学工学部では環境や土木を学んでいました。周囲は大学院を出たら就職したのですが、もともと建築に興味があり、もう一度、建築を学びたいと思いせっかくなら海外で勉強してみようと。それで留学先を調べていたところアメリカの大学ではランドスケープ学科というのがあり、パブリックスペースを扱ったり、環境デザインをやっていたり多岐にわたっていて、なんだか楽しそうだなと思って決めました。2000年頃でしたが、まだ日本で学べるところは少なく、それまでランドスケープに関して学んだことはありませんでした。留学をきっかけにランドスケープを学び始めました。

Q. 在学中からグスタフソン・ガスリー・ニコル(GGN)で働くことを希望していたようですが、どういった理由でしょうか?

A. 学生時代にフィールドトリップで先生にいろいろな場所に連れて行ってもらい、ニューヨークへ行ったときにアメリカ自然史博物館にある広場に衝撃を受けました。浅い水盤がとても印象的で、それを設計したのがGGNの設立者であるキャサリン・グスタフソンだと知りました。キャサリンにとってアメリカでの最初の作品でちょうど完成した頃の視察でした。それまでいろいろな方の作品を見てきましたが、彼女の作品は繊細で細かいところのデザインが非常に美しいのです。ランドスケープというと、建築に比べてどちらかというと大味なものが多い中で、細かいところもエレガントにデザインされていて、なおかつ全体の雰囲気も素晴らしく、見た瞬間にビビッとくるものがありました。それからはこの人のもとで働きたいと思い、卒業のときから何度も応募しましたが、その当時は空きがないと断られました。

「アメリカ自然史博物館とローズ地球・宇宙センターのプラネタリウムの間にある広場『アーサー・ロス・テラス』では、ごく浅い水盤があり子どもたちが遊んでいるのが印象的でした」と話す宮原克昇さん/近畿大学建築学部建築学科准教授

Q. 2005年に念願叶ってGGNに入社されてからは、さまざまなプロジェクトに参画されていますが、手がけられた作品で思い入れのあるものはありますか?

A. GGNで働くことを諦めきれず、その後も何度もアプローチしていました。ようやく新しいプロジェクトをやるので来ないかと誘われたのが、ワシントンD.C.のスミソニアン・アメリカ美術館とナショナル・ポートレート・ギャラリーの歴史的建造物との間にある中庭をリノベーションするプロジェクトでした。
イギリスの建築家ノーマン・フォスターが設計した波状に起伏するガラス屋根に覆われた屋内のランドスケープを、最初の設計の段階から関わることができたので非常に勉強になりました。その頃は苦労した記憶がなく、楽しくて楽しくて仕方がなかったですね。仕事という感覚がなく全力投球で取り組めて、とても充実していました。

[GGN, Landscape Architect (image credit: Nigel Young, Foster + Partners)]※
「ロバート・アンド・アーリーン・コーゴットコートヤード」(2007年)。ワシントンD.C.のスミソニアン・アメリカ美術館とナショナル・ポートレート・ギャラリーという元米国特許庁の歴史的建造物を覆う波打つ格子状の天蓋、それが映り込む水鏡のような水盤が幻想的な光景。[GGN, Landscape Architect (image credit: Chuck Choi)]※

もうひとつは、ワシントンD.C.のダウンタウンにある「シティセンターDC」です。残念なことに2012年の完成を見る前に帰国してしまいましたが、こちらの水景デザインを担当しました。大理石と花崗岩の2種類の石を3Dプリンターで水紋のようにレイヤー状に削っていきました。

「シティセンターDC」(2014年)。美しい波紋を描きながら流れる噴水広場は人々の憩いの場となっている。2018年のTucker Design Awardsを受賞した。(image credit: GGN)※

Q. GGNが世界的に高い評価を得ている理由は何だと考えますか?

A. GGNの一番の特徴としては、その土地が持つ歴史や風土、自然環境、生態系など徹底的に緻密にリサーチしていき、そこからひもといてランドスケープをデザインしていきます。どのプロジェクトひとつとっても同じものがなく、どれも個性的でデザインに特徴がある。それにもかかわらず尖っているデザインでは決してありません。たとえば世界中のどの場所であっても同じスタイルで展開していく事務所もよくありますよね。でも、GGNはその場にもっとも適した、馴染むようなデザインなのです。かなり徹底的にリサーチして導き出されたデザインに関して、なぜこうなっているのかをロジカルに言語化していくので聞いている方も納得ができます。また私が素晴らしいと思うのが、細かいところに気を配ってデザインしているところです。たとえば前述のワシントンD.C.のスミソニアン・アメリカ美術館の中庭には、細長い白大理石のプランター兼ベンチを設置しましたが、大理石の角に丸みをつけ逆台形にすることで、座ったときに足が収まりやすくなるようデザインされています。訪れる人々の座り心地にも思いを馳せてつくられているのです。

GGNのスタッフは皆が効率的に働き時間内にしっかりと仕事をこなして、定時になったら帰って余暇の時間を満喫していました。シアトルは自然が多いので夏ならカヤックや釣り、冬ならスキーやスノボーとアウトドアスポーツを堪能できました。

Q. 日本に帰国されたとき、日本におけるランドスケープの状況は海外と比較してどのように映りましたか?

A. 2010年に帰国しました。日本でもランドスケープが盛んにいわれ始めた頃だったと思います。当時、組織設計事務所に勤務していましたが、ランドスケープの仕事が格段に増え出しました。もちろん、渡米する前にも日本にランドスケープの概念はありましたが、ごく一部の人に限られていました。そこから私がアメリカに10年滞在している間にどんどん盛り上がり、徐々に地盤ができて、ここ10年で爆発的に広がってきた気がします。書籍も以前はランドスケープに関する本はほとんどありませんでしたが、いまはけっこう増えてきました。そういった意味でランドスケープはメジャーになってきている状況です。

ただ、まだ手探り状態なところもあります。ランドスケープはひとつで括れるものではなく、場所をデザインする人もいるし、ワークショップをして場を活性化させる活動から環境的なアプローチを専門にやっている人もいます。アメリカではデザインのバックグラウンドがない私のような学生のために、3年間の大学院で緑地環境や植栽、歴史などを含めたランドスケープアーキテクトにとって必要な専門的な知識を学べるランドスケープに特化したプログラムがあります。これからは次世代の若手がどんどん出てくることを願っていますが、現状の教育プログラムではそこまで教えることはなかなか難しく、いろいろと試行錯誤しながらやっています。
私が教えている近畿大学の建築学部でも、やはり建築が好きで建築を学ぼうと入学してくる学生がほとんどです。ランドスケープは聞いたこともなかったという学生が多い。そうした学生たちに対して、ランドスケープの重要さを伝える啓発活動をしています。フィールドトリップで京都の庭園を巡っても、寺社仏閣の建築は熱心に勉強していましたが、これまで庭園は見たことがなかったという学生も多いですから。庭園と建築が切り離せるものではなく一体化しているものだとまずは知ってもらうことから始めています。

Q. うめきた2期に力を貸してほしいとGGNに伝えたときの反応はいかがでしたか?

A. GGNにとって日本初のプロジェクトになるので引き受けてくれるか不安があり、正式なオファーの前に、こっそりキャサリンだけに聞いたんですよ。そうしたら翌日に、「スタッフの皆にすでに言い回っていますよ」とGGNのシニア・アソシエイトである鈴木マキエさんから聞かされて(笑)。「前向きに進めるわ」と最初から好感触だったのでホッとしました。キャサリンは日本が大好きで、私が個人事務所を開業するときにメンターをお願いしたのですが、快く引き受けてくださいました。それを理由に香港やシンガポールでの仕事のあとは、東京に立ち寄ってからシアトルに戻るということもありました。

Q. 世界のランドスケープデザインで注目している国はどこですか?

A. やはりアメリカやオーストラリアはスケールが大きいランドスケープの事例がいくつもありますし、アジアでは中国やシンガポールが国家戦略として緑を中核とした都市づくりに力を入れています。日本ではGGNが中心となってランドスケープを手がけるうめきた2期にも非常に期待しています。ランドスケープの関心を高め、世界から注目される事例になるのではないかと思っています。

宮原克昇(みやはら・かつのり)
近畿大学建築学部建築学科准教授/ランドスケープデザイン研究室、米国公認登録ランドスケープアーキテクト(PLA)、FlipLA主宰。兵庫県生まれ。京都大学工学部地球工学科卒業、ペンシルバニア大学大学院デザイン学部ランドスケープアーキテクチャー学科修士課程修了。StoSS LU、GGNに在籍後、2010年に帰国。国内設計事務所を経て、現在に至る。

※“While an employee of GGN, Katz Miyahara’s responsibilities included technical documentation, rendering, and detail development.”

写真:内藤貞保 文:脇本暁子

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