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Life with Green

緑のゆらぎを生かし、一歩先の未来へ踏み出す空間づくりへ

大野力

緑のゆらぎを生かし、一歩先の未来へ踏み出す空間づくりへ

一般住宅から大型複合施設の設計まで、多岐にわたる活躍で注目されている気鋭の建築家・大野力さん。2016年から2020年にかけて手掛けたJR新宿駅新南エリアのSuicaのペンギン広場や商業施設NEWoMan、東口駅前広場は、新宿の人の流れを劇的に変え、話題となった。都市や社会の現在を見据え、人々が「新しい一歩」を踏み出すためのデザイン設計を目指す大野さんに、まちづくりについて話を聞いた。

Q. 住宅のリノベーションから大型複合施設まで幅広くデザイン設計をされています。都市設計やデザインに興味を持ったきっかけは?

A. 小学校高学年の頃、父親の仕事に伴って一時期アメリカ・メリーランド州で過ごしました。日本に住んでいたときは、母親が毎日近所の商店街に出かけて夕飯の食料を買ってくるような生活だったのが、アメリカでは一変、毎週末に車で1週間分の食料を買いに行くんです。日本では徒歩通学していた小学校もアメリカではスクールバスの送迎が当たり前で、自分の住んでいた住宅地を出入りするにはゲートを潜らなきゃいけない。子どもながらに都市構造の違いに衝撃を受け、それまで当たり前だと思っていた街の姿は絶対的なものではないんだと思ったんです。

Q. 大学で都市工学を選択されたのも、アメリカでの体験が影響しているのですね?

A. そうですね。でも学生時代は全然真面目に勉強してなくて(笑)、趣味のスノーボードや音楽で知り合った遊び仲間たちと、金沢の街で店づくりに没頭していました。それまで若者が足を踏み入れなかった路地裏の長屋にセルフビルドで小さなバーをつくったんです。すると僕らの店の周りに若者たちの店が次々とでき始めて話題のエリアになった。都市の制度設計など大学で教わるアカデミックな世界とは離れたところで、自分たちが純粋に面白いと思って打ったひとつの点から、小さい経済圏ができていくのを体験できたことはものすごく刺激的でした。

大学卒業後、事務所を設立する前までは、学生時代からの仲間とデザインや設計の仕事をしていた。「ずっと人に恵まれてきた」と振り返る大野力さん/株式会社シナト代表取締役

Q. 2004年に設計事務所シナトを立ち上げ、国内外で300以上のプロジェクトを手掛けるなど、快進撃を続けていますが、2016年に全体環境デザインを担当したJR新宿駅新南エリアはどのような点に注力されましたか?

A. 新宿駅の新南エリアは甲州街道の跨線橋架け替えを手はじめに20年以上にわたって工事が続いてきました。その総仕上げともいえる駅関連施設の開発は、周辺地域の回遊性を高めながら安全性や利便性を確保すべく、駅舎と広場、商業施設を一体的にデザインすることが求められました。なかでも新南改札の目の前に広がる2,800㎡以上もの巨大な広場スペースは、16本の線路と8つのホームを覆う人工地盤上につくられた新たな交通と滞留の場で、ここをどうやって居場所化し駅の新しい風景をつくるかが重要でした。このような都市的なスケールの空間では、単にベンチを並べるだけでは豊かな居場所になりません。しかも線路の上という立地上、安全面が優先されるので大きな構造物は使えない。そこで滞留するための仕掛けとして床面に段差を設け、植栽を効果的に配置しました。緩やかに起伏した雛壇、線路を眺められる特等席、植栽で視線を遮ったテーブル席、すり鉢状の階段席など、集う人々の人数や気分に応じて自由に設えを選べるよう、スペースを分節していきました。

JR新宿駅の新南改札から続く、Suicaのペンギン広場。タカシマヤ タイムズスクエアと新宿サザンテラスをつなぐ線路の真上に設けられたこの場所は、視界が広がる開放的なスペースだ。
すり鉢状に段差を設けたベンチは、適度な距離感によって寛ぎの空間を演出。鉄道ファンの新たな聖地にもなっている。

Q. 驚くほど多様な植物が使われているのが印象的でした。公共スペースにおけるグリーンの役割をどのように考えていますか?

A. 僕ら建築家が図面を描くときはフォルムや日除け、目隠し等を目的とした物理的な側面から植物を捉えがちですが、今回協業した植栽チームはそこに新たなストーリーを加えてくれました。例えば向かい合っておしゃべりするエリアは長時間滞在することを想定して、香りの良いハーブを植えましょうとか、開放感のある場所には季節を感じられる植物を入れて変化を出すとか。植物って、僕らがつくる無機質で人工的なものとは対極にあるもの。複雑でどれひとつとして同じ形がない。春には芽吹き、秋には枯れ、風にそよぐ。生命のあるものは環境にゆらぎをもたらしてくれます。意図しないもの、コントロールできない「植物の時間」が空間におよぼす影響は、計り知れないと感じています。

敷地内は140種あまりの多様な植物が整然と手入れされ、訪れるたびに変化が楽しめる。

Q. JR新宿駅の新南エリアに次いで2020年には東口駅前広場のデザインも担当されました。規模も用途も異なるこの広場の特徴は?

A. ここはもともとロータリーであり、直下にある地下街のための排煙塔や空調機器等が設置されていた場所です。通行人が立ち入れないよう柵で囲われていたため、ゴミの投げ入れや違法駐輪など、地域住民から苦情が出るようなネガティブな場所でした。また、ここは新南改札前と比べると規模も小さく、周囲が道路で囲まれた大きな中央分離帯のような場所です。道の真ん中にポツンと現れてくる立地を生かして、タッチダウン的に使えたらいいと思いました。人の多い新宿では、歩みのスピードを緩めたり、立ち止まったりしにくい。そんな駅前の道の途中で小休止したり、待ち合わせしたり、ぱっとメールチェックできたりする場所があるといいなと。そこで広場の中心に、排煙塔の機能を兼ねた大きな「街のテーブル」をつくろうと提案しました。一般的な広場にはほとんどがベンチだけで、あまりテーブルまで用意されていません。ベンチだけだと休息以外の振る舞いが起こりにくいのですが、テーブルがあることで、ちょっと仕事をしたりお茶を飲んだり、居方が広がります。

Q. テーブルの真ん中にそびえる巨大なアートも印象的です。

A. 事業主であるJR東日本とルミネの設計条件のひとつに、パブリックアートを取り入れたいという要望がありました。僕はアートを単なる置き物にしたくなかったのであえて間近で向かい合って眺められる、テーブルの上に松山智一さんの彫刻を設置しました。ここに座った人は、場所や時間帯、天候によって彫刻のさまざまな表情に気づくはずです。普段アートに全く興味のない人たちも、この広場で時間を過ごすことで自ずとアートと向き合うことになり、新たな都市の体験が生まれるでしょう。

地下街のための排煙塔の機能を備えながら、劇的に変化した東口駅前広場。歌舞伎町やゴールデン街に人がひしめく東口において、インパクトある彫刻作品を広場の中心に据えることで、アートを身近に感じられる空間に。
ゆったりとした設計のベンチとテーブル。今まで素通りしていた場所に、新たな時間が流れ始めた。

Q. 新宿駅新南エリアの商業施設NEWoManから東口駅前広場に至るまでの歩道の改修も手掛けられました。人の流れはどう変わったと感じますか?

A. 新南エリアの商業施設NEWoManから東口へと至る歩道は、ものすごく狭く、行き交う人どうし肩がぶつかってしまうほどでした。そこで歩道を拡幅して歩きやすくし、NEWoMan前にはパブリックファニチャー等を設置しました。また舗装だけでなく、植栽やボラード、街灯もデザインし直したので明るい雰囲気になりました。道路の第一の目的は「人を流す」ことです。特に世界で最も乗降客数の多い新宿駅周辺の道路にとってそれは不可欠な要素。でも僕が子どもの頃は、道路にチョークで絵を描いて遊んだり、家々の人が玄関先に植木鉢を並べたり、八百屋さんは軒先にダンボールを広げたりして、みんなが道路をさまざまな方法で共有していました。その後日本では交通以外のアクティビティが道路から排除されてきましたが、現在再び、公共の新しい居場所として価値を見出す気運が高まっていると感じます。実際、NEWoManの1階で営業するカフェでは歩道に越境して席を出す社会実験を行うなど、少しずつ環境が変わり始めています。

事務所名の「シナト」は「風の起こる場所」という日本の古語から命名した。風景、風土、風習、風俗といった生活の文化的背景に思いを馳せてデザイン設計をする大野さんの姿勢がうかがえる。

Q. うめきた2期に期待することは?

A. 現代は不確実性の時代です。それはコロナ禍によっていっそう強調されました。うめきた2期のような広大なまちづくりにおいては、余白が重要だと考えます。ホテル、オフィス、レジデンス、商業施設と床の用途を隙間なく決めてしまうのではなく、将来的に最適な利用法を考えられるような場所があってもいい。試行錯誤を繰り返しながらその都度、手を加えて改良しながら育っていける場所があるといいですね。巨大な都市公園も、集う人や集い方を限定しすぎずに、多くの人がアクセスしやすく、施設を利用するお客さんや住人とそれ以外の人たちが混ざり合えるような場所であってほしいと思います。

Q. デザイン設計において心掛けていることは?

A. 僕らの仕事は真っ白な紙に、その決定根拠を考えながら一番いい線を引くことなんです。無限の可能性の中から選び取った線を出発点として、実際に建物が建ち、緑が育ってランドスケープが生まれ、生活の風景になっていく。過去をコピーするだけでは前へ進めないし、行きすぎた芸術作品をつくっても多くの人の賛同は得られない。そこを利用する人たちが一歩先へ歩み出せるような線はどこにあるのか、それをいつも探しています。

大野力(おおの・ちから)
1976年大阪府生まれ。一級建築士。金沢大学工学部で都市工学を学び、卒業後、フリーランスを経て2004年に株式会社シナトを設立。建築、インテリア、インスタレーションアートなどさまざまな規模・用途のプロジェクトを国内外でデザインしている。これまでに約300以上の作品を手掛け、その多くが世界各国で受賞。京都芸術大学にて非常勤講師も務める。

写真:藤本賢一 文:久保寺潤子

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