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Life with Green

都市が自然を取り戻すことで、人と人のつながりを回復する

金香昌治

都市が自然を取り戻すことで、人と人のつながりを回復する

アメリカでランドスケープアーキテクチャを学び、国内外で数々のアーバンデザイン、パブリックスペース、ランドスケープデザインを手がける金香昌治さん。うめきた2期プロジェクトでは初期の全体計画立案にも携わった金香さんに、都市と自然の新しい共存関係について、ランドスケープデザインが果たす役割を聞いた。

Q.ランドスケープや都市デザインに興味を持ったきっかけは?

A.私は大阪の千里ニュータウンで育ちました。1960年代初頭に開発されたニュータウンの先駆けですが、計画的に整備された街並みと豊かな緑に囲まれて育ったことで、知らず知らずのうちに人の住まう環境というものを意識していたのかもしれません。大学時代を過ごした京都の山と川に囲まれたコンパクトな街並みにも魅かれました。学部では建築を学びましたが、建物を単体で捉えるというよりは、建物と地続きになっている環境や、建物と建物のあいだの空間がどうあるべきか、ということに興味をもつようになりました。当時日本ではまだ「ランドスケープ」という分野も今ほど注目されていなかったのですが、雑誌などでアメリカにランドスケープアーキテクトという仕事があることを知り、本場の大学院で学ぶことにしました。

金香昌治さん/日建設計 都市デザイングループ ダイレクター

Q.ワシントン大学大学院を卒業後は、GGNに入社してランドスケープデザインの仕事をされました。どんな案件を手掛けられましたか?

A.ひとつは母校のワシントン大学のレーニア・ビスタ・プロジェクトです。この大学は、アメリカのランドスケープアーキテクトの第一人者であるオルムステッド・ブラザーズが1900年初頭に設計したもので、キャンパスの坂を登った先に噴水があり、そこから反対側を見下ろすとマウントレーニアを望むことができます。噴水と山をつなぐ軸線が大学のシンボルになっている。しかし時代とともに周囲の交通量が増え、キャンパスへ行くのに何度も車道を渡らなくてはならなかった。このプロジェクトでは、オルムステッドが描いたビスタ景観を保ちながら、新設される駅からの動線をシームレスに繋げるべく注力しました。それまで平面交差していた車道のレベルを下げてその上にキャンパスの軸線に沿った歩道橋を架けたのです。これによって人は車と交差せずに、駅とキャンパスの間を往来できるようになりました。雄大な自然と噴水を前景に、歩行者と自転車が車に支配されずに行き交える環境をデザインしたのです。歴史的に大切にされてきたキャンパス計画の文脈を守りながら、現代の課題をどう解決するか。これはランドスケープアーキテクトが主導となって実現し得た都市デザインの好例です。

ワシントン大学のキャンパスから軸線の先にマウント・レーニアを望む。雄大な自然との一体感を目指した設計が特徴。(画像クレジット:©Catherine Tighe)
スタジアム手前にある地下鉄駅から曲線状の歩道橋を渡って車道を越え、空中公園を通ってさらに車道を越え、左手のキャンパスへと向かう。(画像クレジット:©GGN)

Q.2011年にはGGN入社以来担当されたビル&メリンダ ゲイツ財団キャンパスが完成しました。

A.医療や福祉、教育分野で活動する世界最大の慈善団体であるゲイツ財団のモットーは「ローカルルーツ、グローバルミッション」。彼らのホームグラウンドであるシアトルの街に根差しながら、世界を股にかけて仕事をするというグローバルミッションを同時に表現することが求められました。そこで地上のランドスケープや建物低層部はグリッド状に作られた周辺街区と正対させ、その上部に世界に向けて手を伸ばすようなブーメラン形の建物を乗せました。この土地は元々先住民が食料を採取していた肥沃な湿地帯だったので、敷地の真ん中に雨水を活用した水景を設け、人々は中央の広場から水面を渡って各棟へ移動する空間構成にしました。奇抜なことだけをやってもクライアントは納得しない。足元はしっかりローカルに根差しつつ、上部に自由度の高い設計を組み合わせて建物内外の環境をつなげる工夫がポイントだったんです。ここでも建築家とランドスケープアーキテクトとが対話を繰り返すことで、みどりと建築が一体となったコンセプトが生まれました。

ビル&メリンダ ゲイツ財団キャンパスの配置図。グリッド状に設計された地上部分と、ブーメラン形の上部建築物とのコントラストが目を引く。(画像クレジット:©GGN)
中庭には雨水を活用した水盤を設け、元来、肥沃な湿地帯であった土地の特性を再現した。(画像クレジット:©Timothy Hursley)

Q.2012年に帰国し、日建設計に入社されてからはシンガポールのレールコリドープロジェクトの国際設計コンペに参画し、みごと勝利を納めました。

A.シンガポールを縦断していた貨物路線・マレー鉄道が廃線になり、その跡地を市民のためのパブリックスペースに再生するという国家プロジェクトのコンペでした。提案に際して私たちが徹底的に行ったのは、「敷地の読み解き」です。24キロの線路跡地に10のノード(結節点)を作り、その地区の人々のライフスタイルに合わせて、スポーツアメニティや共同菜園、作業場やイベント空間など多様な居場所としてのパブリックスペースを提案しました。シンガポールは高密な都市国家ですが、この緑豊かな空間に一歩足を踏み入れると、それを感じさせない、ゆったりとした空気が漂っている。みどりが現代人の社会生活にとってどれほど大切なものであるかを実感させられました。

マスタープラン優勝案。全長24キロの鉄道跡地に10ヶ所のノード(結節点)と21か所のコミュニティスポット、164か所の出入口を提案。地域に根差した自然豊かな公共空間として活用されるためのフレームワークを提案した。(画像クレジット:©NIKKEN SEKKEI)
過密都市シンガポールを貫く緑のコリドー空間が、徐々に人々の憩いの場所へと生まれ変わっていく。(画像クレジット:©NIKKEN SEKKEI)

Q.うめきた2期では、初期ランドスケープデザインにおいて、GGNと設計者の間に立った調停的な役割を担われました。GGNは大阪の立地や環境をどのように解釈したのでしょうか。

A.そもそも大阪平野は淀川をはじめとする多くの河川が氾濫して土砂が堆積し、低地が形成された土地。うめきた地区もその昔は河畔林のような場所で、ここできれいな水や空気が生まれ、多様な生物が棲み、作物が育まれていた。GGNの構想にはそんな「肥沃な大地」を再生したいという思いがありました。まずは敷地全体を一つの公園と考え、ここを肥沃な大地として捉えることに主眼をおいたのです。南北に分かれた計画地の南側には大阪駅と繋がるよう都市的な大きな芝生の広場空間を、北側にはスカイビルの森とつながるよう池に滝が流れ込むような自然式の庭園空間を計画しました。計画地には道路も通っていますが、斜面と平地を組み合わせた彫刻的な微地形で多様な居場所をつくり、うまく視線をコントロールしています。南北に大阪のランドマークを望みながらシーンが移り変わる地続きの体験を意識したデザインです。複数の焦点を設けているので、写真を撮りたくなるポイントがいくつもあります。このようにして周辺の文脈を活かした空間の骨格があることで人々の記憶に残りやすくなり、最終的には街のアイデンティティや愛着が生まれると思うのです。

Q.GGNという外からの視点が入ったことで、より客観的に大阪の街を捉えることができたといえますか?

A.そうですね。長年大阪に住んでいる人が気づかないことも、外からの目線だからこそ発見できることもある。ランドスケープというのは、その場所にしかないものを探す作業でもあるんです。そこにしかない固有の資源や課題は何か、それを探るためには歴史や文化、地理、植生といった総合的なリサーチが大事です。

Q.2016年には官民学連携のもと計画・設計された、千葉県の「柏の葉アクアテラス」が地域に開かれたパブリックスペースとしてオープンしました。

A.雨水貯留のための調整池だった場所を交流空間として生まれ変わらせることで、地域住民や就業者の憩いの場はもちろん、国内外の企業・研究機関の誘致を目指したプロジェクトです。以前はフェンスで囲われていて人が寄り付かず、街が背を向けていた閉鎖空間だったのですが、まずは柵を取り払って見通しの良い空間にすると同時に、安全上の観点からゲートを6箇所に絞り、多方面からアクセスしやすいよう入口を設定しました。道路から池へ至る斜面には高低差を生かした居場所をたくさん設け、みんなが池に向かって佇む環境を作りました。雨が降れば水位は上がり、緑地には水鳥がやってくる。今まで目を向けなかった調整池が日常の一部になることで、人々はこの場所が流域とつながっていると気づくようになる。グレーインフラをグリーンインフラに変えたことで、周囲の人々は環境を意識するようになり、維持管理にも積極的に関わるようになりました。散歩したりお弁当を食べたりといった日常的な使い方から、最近は音楽ライブやイベントなど市民発信の交流スペースとしても活用されています。

周囲のフェンスを取り払い、人のためのみどりを創出することでイメージを一変させた、柏の葉アクアテラス。子どもから大人まで、四季を感じながら思い思いに過ごせる親水空間だ。
斜面を活かしたテラスと水上に設けられたステージを使って野外映画祭や音楽ライブなどが開催される。水面越しの背景には街のスカイラインを望むことができる。(画像クレジット:©Forward Stroke Inc)

Q.今後、日本においてランドスケープという分野はどのように発展していくでしょうか。

A.欧米では公共空間はみんなのものであり、みんなでより良い場所にしていこうという意識が高い。日本では、公共空間はルールを守って人に迷惑をかけないようにする場所、と教えられてきた。パブリックスペースを自分ごととしてとらえ、改善しようとする参加意識は低いですよね。ところが今回コロナ禍に直面したことで、人々の意識に変化が起こりました。屋外でマスクを外して新鮮な空気を吸って身近に自然を感じることが人間にとっていかに幸せであるか、ということに多くの人が気付き始めたんです。サードプレイスの必要性を身を持って感じている今こそ、個人がパブリックスペースにコミットするチャンスです。都会だからと自然を諦めるのではなく、都市にいながら日常的に自然を感じられる環境をいかに作るか、という段階にきていると感じます。
電車や車で遠くへ出かけるのではなく、徒歩圏内にお気に入りの場所があって、そこで四季を感じたり、いろいろな生き物に出会える、そんなコンパクトな街づくりをいま世界中の首長たちが政策に掲げています。自然を壊すのではなく、守り育む経済・開発のあり方を模索する時代です。都市が自然を取り戻し人と人のつながりを回復するきっかけをつくっていくのがランドスケープ分野の果たすべき重要な役割の一つになっていくと思います。

金香昌治(かねこ・しょうじ)
日建設計 都市・社会基盤部門 都市デザイングループ 公共領域デザイン部ダイレクター。ランドスケープアーキテクト/アーバンデザイナー。京都工芸繊維大学卒業、ワシントン大学大学院修了後、GGN(米国シアトル)にてランドスケープおよび都市デザイン業務に従事。2012年に帰国し、日建設計入社。近年ではシンガポール・レールコリドー、柏の葉イノベーションキャンパス/アクアテラス、品川車両基地跡地開発、渋谷区立北谷公園など、国内外で都市・建築・造園・土木の領域を横断的にとらえた持続可能なアーバンデザイン、パブリックスペースの計画、ランドスケープデザインを手がける。日本ランドスケープアーキテクト連盟理事、立命館大学客員教授。

ポートレート:藤本賢一 文:久保寺潤子

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